第十一話 真相

久美子「やっぱり・・・気付いてたんだね・・・お兄ちゃんだったんだね・・・」
舎弟「だったんだ、って・・・ひどいっスね、やっぱり忘れてたスか?」
久美子「忘れる訳無いよ!でも・・・判らなかった。イメージが違いすぎてたから・・・
  私にとってお兄ちゃんは、強くて、頼りになって、一つしか違わないはずなのに大人で・・・
  そう、ヒーローだった。」
舎弟「なんかくすぐったいっスよ。」
久美子「でも去年同じクラスになった時、初めて見た時はお兄ちゃんだ、って思ったのよ。
   だけど、イメージが違ってた。腰が低くて、年上とは思えなかった。だから、もし違ったら、
   もし別人だったら、って思うと怖くて言い出せなかった・・・」
舎弟「そうスか・・・」
久美子「お兄ちゃんは?お兄ちゃんはいつ気付いたの?」
舎弟「自分は一目で気付いたっスよ。」
久美子「嘘!そんな・・・だったらなんで言ってくれなかったのよ・・・」
舎弟「はじめまして。」
久美子「え?」
舎弟「ショックだったっスよ、あの挨拶は。」
久美子「あ・・・ごめん。でも、自信が持てなかったから・・・」
舎弟「まあいいっスよ。こうやって気付いてくれた訳スからね。」
久美子「・・・さっき私を突き飛ばした時のお兄ちゃん、ヒーローだった。あの頃のお兄ちゃんが
   ダブって見えた。やっぱりお兄ちゃんなんだ、って思った。」
舎弟「情けないヒーローっスけどね。」
久美子「そんな事無い!そんな・・・」
強く否定する久美子。それが切っ掛けになり、彼女はまた感極まって泣き出してしまった。

久美子はひとしきり泣いて、やっと落ち着いた。
舎弟「もう大丈夫スか?」
久美子「うん・・・」
舎弟「それじゃ、今日はこの辺で帰った方がいいスよ。さっきの件、親御さんに連絡したスよね?きっと心配してるっス。」
久美子「連絡は・・・してないよ。」
舎弟「え?なんで?」
久美子「お兄ちゃん、今日は家まで送って。」
舎弟「それはいいスけど・・・」
舎弟は、今までかたくなに家まで送らせなかった久美子が急に送ってくれと言い出した事を妙だと思いながらも、
あんな事があった後だし不安なんだろうと思い、それ以上は考えずに久美子に従った。

一方、久美子と舎弟以外の一行は一度は解散したものの、誰言うと無くアクアマリンに集まっていた。
大きなテーブルに陣取る轟、サキ、操、チャッピー、ノリオ、めぐみ、そして瑠璃。
瑠璃「ちょっといい感じだったわね、あの二人。」
サキ「そうだね・・・」
瑠璃「私が波風立てるまでもなく津波が来ちゃったからな・・・出る幕無しかな。」
轟 「おい・・・」
瑠璃「でもね、まだ後押しは必要だと思うんだ。」
轟 「おいこら。」
瑠璃「ん?」
轟 「何を自然に馴染んでる。今いる奴のほとんどはお前とはほぼ面識無いんだぞ?それに俺とは
   あんな最悪な出会いだっただろうが。」
瑠璃「まあまあ、昨日の敵は今日の友。仲良くやりましょーよ。世界最強の腰抜けさん?」
轟 「褒めてるのか?それ・・・」
瑠璃「男は細かい事気にしない!でね、考えたんだけどさ、夏休みに・・・」

ノリオ「番長夏合宿?」
瑠璃「なんか冬に温泉行ったらしいじゃない。それの夏バージョンよ。そして開放的な環境で強力に後押ししちゃいましょう!って訳。」
サキ「またアンタはそんな・・・」
しかしそれを聞いた操の目が光った。
操 「それ、やりましょう。てか、やらいでか!」
チャッピー「ミ、ミサオサン?」
轟 「ああ、どうも温泉で味しめたらしくてな・・・」
操 「夏、輝く太陽光る海、そして流れる汗・・・なんて素敵なの!」
サキ「そこに汗を出すのはどうかと思うけど・・・」
ノリオ「面白そうだヒャ。俺は参加してもいいヒェ。」
チャッピー「ワタシモデース。」
サキ「アタイは・・・」
操 「轟くん次第でしょ。」
サキ「ちょ、そんな事言ってないじゃ・・・」
瑠璃「で、大将、参加なさいますか?」
轟 「まあ、特に拒否する理由は無いな。」
瑠璃「はい、ひいふうみい・・・私含めて六名様ご案内ー!」
サキ「ちょっとちょっと・・・」
瑠璃「ん?」
瑠璃はサキにに小突かれて彼女の方を見る。サキは瑠璃の方を見ていなかった。サキの視線は彼女のすぐ隣の・・・
めぐみに向けられていた。
瑠璃「あ、しまった。ごめんごめん、えーと、めぐみちゃんだっけ?あなたは?」
めぐみ「・・・・・・・」
サキ「え?うん、そう・・・こういう事経験無いから参加してみたいって。」
瑠璃「よし、全員参加ね!それじゃ計画立てるから、今度細かい事詰めましょう!」
肝心の二人を抜きに話は進んで行く。二人が参加しなかったらなどという事は彼らの頭には無いらしい。

一方、その肝心の二人は駅前通りを過ぎ、数分歩いた所だった。白塗りの長い壁が舎弟の目に入る。ちょっとしたお屋敷の塀だ。
舎弟「ああ、この辺来るといつも思うんスよね。この家一体だれん家だろうって。」
久美子「これ・・・私の家。」
舎弟「へえ、そうスか・・・ってええええええ!?」
舎弟は間抜けなリアクションを取る。
久美子「私の家で・・・私がいじめられてた理由・・・」
舎弟「・・・・・え?」
久美子「私、昔内気だったでしょ?クラスのみんなとはほとんど話したり出来なかったの。その事と、こんな家に住んでる事で
   なんかお嬢様がお高くとまってる、みたいに思われてたらしいの。」
舎弟「それでいじめのターゲット、スか。」
久美子「うん・・・だからお兄ちゃんには家を見せたくなかった。」
舎弟「それで、スか。いつも家まで送らせようとしなかったのは。」
久美子「お兄ちゃんにまで同じように思われたくなかったから。お兄ちゃんはそんな風に思ったりはしない、って思ったけど、
   でも、やっぱりもしかしたら、って思ったら・・・」
舎弟「当たり前スよ。久美子は久美子っス。家がどうだって関係無いっス。」
久美子「だよね・・・よかった。送ってもらったのはそれが言いたかったから!じゃ、帰るね!」
そこで久美子はようやく笑顔を見せた。
舎弟「・・・元気、取り戻したっスね。」
久美子「あれ、本当だ。あんな怖い思いした後なのにね。ふふ。」
舎弟「じゃあ、おやすみっス。」
久美子「おやすみ・・・」
久美子は立派な門をくぐり、家に入っていった。それを見届けた舎弟は家路に・・・着かずに轟高校方面へスクーターを走らせた。

十数分後、轟高校裏公園
舎弟「えーと・・・ちょっと暗いスね・・・確かこの辺で殴られた訳だから・・・あ、あった。」
舎弟が探しに来たのは郵送するはずだった封筒だった。舎弟はゆっくりとした動きで封筒を拾い上げると、
舎弟「ま、しょうがないスね。」
と一言だけ呟いて公園を出て行った。

それから数日後。久美子の事件に直接関った舎弟、被疑者を殴った轟、被害者本人である久美子、そして何故か呼ばれた
瑠璃が警察にいた。詳しい事情を話すためだ。
会議室に通された四人の前に、係の警察官―――もうお馴染みの、あの―――が現れた。
当日被疑者を確保したのが自分という事で、この事件の捜査を手伝わされている、という事を彼は告げた。
轟 「捜査って・・・そんな大げさな話なんすか?」
警官「うん・・・その辺は追って話すから、まずは君たちの当日の話・・・いやその前に、瑠璃・・・さん?
瑠璃「はい?」
警官「例の事故の時の事をもう一度話してくれないかな。以前担当した刑事はろくな調書を残してなかったもんで、
   済まないけど・・・」
瑠璃「それはいいですけど、なんであの事故の事が?」
警官「ちょっとね、今回の件に関係してそうなんだ。」
瑠璃「・・・分かりました。」
そして瑠璃は事故の目撃者としての情報を、記憶の限り吐き出した。
警官「そうか・・・それじゃ、今度は君たちだ。」
舎弟「それじゃ自分から・・・」

そして瑠璃を除く三人は、当日の事を三人の立場から話した。

警官「そうか・・・被疑者の供述と一致したよ。裏付けとしていいようだな。」
轟 「で、捜査ってのは。」
警官「そう・・・今回の件は実は意外と大きな事件になり掛けてたんだよ。」
そして、三人は警官から眼鏡の自供で発覚した事実を聞かされた。
それは、背筋がぞっとするような内容だった。

警官「結論から言えば、これは未遂に終わった営利目的の誘拐事件だったんだよ。」
四人「・・・えええええ!?」
警官「まず、首謀者は地元のヤクザ。ヤクザとは言っても駆け出しのチンピラ程度の男だがね。
   そしてヤクザに借金のあった被疑者は借金の棒引きと引き換えに誘拐の実行を請け負った。
   だけどその依頼も、誰か金持ちの子供を誘拐して来いっていう大雑把な物だったらしい。」
瑠璃「確かに大雑把な・・・」
警官は続ける。
警官「そんな訳で請け負った被疑者は誘拐する標的を探す訳だが、これも適当に子供に声掛けたり、連れ去ろうとしたり、
   行き当たり場当たりな事をしてたらしい。この時の被疑者がいつかの変質者騒ぎの張本人だったようだよ。」
舎弟「あ・・・自分が勘違いされた・・・」
警官「そう。そして被疑者はそんな行き当たり場当たりな行動の中で、久美子さんの誘拐を試みるが思わぬ抵抗に遭い失敗。
   その時彼女の生徒手帳を拾った。」
久美子「え!?私生徒手帳落としてたの!?全然気付かなかった。」
轟 「まあ、そう使う物でもないからな・・・」
警官「そして被疑者は生徒手帳の住所から彼女の家を確認、金がありそうだと踏んだ彼は久美子さんをターゲットに決めたそうだ。」
久美子「そんな・・・」
警官「次に、その後の例の坂道で事故、あれはやはり被疑者が故意に起こしたもので、誘拐のターゲットの近くにいつもいる
   男・・・君が邪魔になり、あの事故を計画したそうだ。」
警官は舎弟を見て言った。
瑠璃「ほらごらんなさい!普通に考えれば絶対におかしいのよ!なのにあの刑事ったら、何が単なる事故よ!」
警官「もっとも、ただ脅すだけというつもりだったらしくて、無人の車があそこまで見事に直進するというのは被疑者も
   想定外だったらしいがね。」
警官「そして業を煮やした被疑者は実力行使に出た。君を後ろから殴り、携帯を奪い、その身を拘束すると病院近くに潜伏、
   暗くなり始めるのを待って久美子さんにメールを入れておびき出したそうだ。」
舎弟「冗談じゃないスよ、ホントに・・・」
警官「しかし、このおびき出す目論見は結果的に被疑者の思惑通りになったけど、もし君がすぐに誰かに見つかったらとか、
   メールの呼び出しに久美子さんが一人で来なかったらとか、そういう事を全然考えていない穴だらけの計画だよ。」
久美子「・・・・・」
舎弟「それ、全部ハマった自分らがアホみたいじゃないスか・・・」
警官「ははは、・・・そして、被疑者の供述により黒幕のチンピラも芋づる式に捕まったよ。」
久美子「良かった・・・」
警官「それとそっちの君・・・轟君だっけ?君が被疑者を殴った件だけど・・・」
轟 「な・・・何か!?」
警官「それは正当防衛として不問となったよ。安心してくれていい。ただ、医者は本当に素手で殴ったのかと首を傾げてたけどね。
   凶器でも使ってたら恐らく過剰防衛でアウトだったよ。」
舎弟「でも、ある意味凶器スよ、番長の拳は・・・」
轟 「よせやい、人を助けるために封印解いて、捕まったりしたら洒落にならんぞ。」

そして四人は調べを終え、警察署を出た。まだ六月だというのに盛夏を思わせる日差しが真上から照り付ける。
久美子「暑・・・」
舎弟「今年は梅雨、どこ行っちゃったスかね。ろくに雨降ってないスよ。」
久美子「轟君、いい加減その格好暑くないの?」
轟 「この長ランは夏仕様だからな。特に暑いという事はない。」
舎弟「へ?それ、夏服スか?どこも変わったようには見えないスよ。」
轟 「生地の厚さや枚数が違うぞ。それだけで全然違う。」
瑠璃「脱いだ方が早いのに。」
舎弟 「それは言わない約束っスよ。」
久美子「それもポリシーと。」
轟 「しかしそれを差し引いても今日は暑いな・・・もう完全に夏だな。」
久美子「そうね。もうすぐ夏休みだし。」

こうして初夏の騒ぎは無事決着を迎えた。もうすぐ夏休みがやって来る。

つづく