第十話 再会

六月某日、放課後。
舎弟は用事があって久美子を送る前に校外に出ていた。例の久美子の写真をコンクールを主催する
雑誌社に郵送するため、郵便局に向かっているのだ。
舎弟が参加するコンクールというのはある写真雑誌の主催だった。
舎弟「なんとか間に合ったスね・・・これ送ったら後は人事を尽くして天命を待つ、ってとこスか。」
そう、彼は焦る素振りも見せていなかったが、実はもう既に締め切りぎりぎり、それも今日中に送らないと
間に合わないという所まで来ていたのだ。
舎弟「それにしても、これで放課後やる事が無くなったっスね・・・久美子が帰るまで手持ち無沙汰に
   なるスが・・・さて何やって暇潰したもんだか・・・」
所で舎弟は徒歩で郵便局に向かっていた。今日はスクーターで登校していたのだが、今の独り言でも
解るように放課後の時間を持て余しそうなので、時間潰しも兼ねて歩いているのだ。
そして、彼は通学路でもあり近道でもある公園を通り抜けるべく学校裏の公園に足を踏み入れた。

午後6時。美術室。
久美子は例のモードから抜けて帰って来た。久美子が戻ってくるのはいつもこのぐらいの時間だった。
そして彼女が周りを見渡すと、いつもそこにいるはずの舎弟がいない事に気付く。
久美子「あれ?いないな・・・また体育館で卓球でもしてるのかしら?」
久美子は片付けを済ますと舎弟を探しに美術室を出て行った。
そして体育館を覗く。そこではバスケットボール部とバレーボール部が練習をしているだけで、
舎弟の姿は無かった。
久美子「違ったか・・・じゃあ、教室かな?」
そう呟いて久美子は教室に向かう。そして3-D教室。そこには既に誰もいなかった。
久美子「ここでもないの?もう、どこ行っちゃったのよ・・・」
そう言いながら久美子が教室を出ようとしたその時、彼女の携帯が鳴った。
久美子「何よ?メール?って、舎弟だ・・・何やってるのよ、もう。」
軽く毒づきながらメールを読んだ久美子だったが、その顔色は一瞬で蒼白になった。
久美子「・・・嘘!」
久美子は乱暴にスカートのポケットに携帯をねじ込むと、脱兎のごとく駆け出した。しかし、
中途半端に押し込んだ携帯はポケットに収まりきらず、駆け出した勢いで落ちてしまったが、
久美子はその事にも気付かず走り去った。

それから十数分が経っただろうか、3-Dの教室に操がやって来た。
操 「いかんいかん、忘れ物忘れ物。」
操が教室に入ると足が何かを蹴り、その何かは数メートルほど床を滑った。
操 「・・・携帯?」
操が蹴ったのは久美子の携帯だった。操は携帯を拾い上げる。
操 「誰の?見覚えあるな・・・久美子のがこの型じゃなかったっけ・・・」
そう言いながら操は何気なく液晶を開けた。その画面には、

車に跳ねられた。今総合病院

という文面のメールが表示されたままだった。
操 「何これ・・・誰から?・・・って舎弟君じゃないの!時間は・・・ついさっき・・・!」
操も駆け足で学校の外に向かった。
操 「総合病院でしょ、こっちの方が近いわよね。」
そして操は近道の学校裏の公園に入った。そして公園の半ばほどに差し掛かったとき、
何か妙な、しかし聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。今はそれどころでは無いのだが、
見過ごしてはいけないような気がして操は足を止めた。
声 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
操 「誰?」
声は茂みの奥から聞こえて来る。
声 「ん〜っ!ん〜っ!」
操 「その声・・・舎弟君!?」
操はガサガサと茂みを掻き分けて声の方へ進むと茂みの向こう側の土の上に、ガムテープで手足をしばられ、
これまた口にガムテープを貼られて横たわる舎弟がその目に飛び込んで来た。
操 「ちょ、ちょっと舎弟君!?」
操は慌てて駆け寄り、その戒めを解いた。
舎弟「ぷは。助かったっス・・・」
操 「ちょっと、一体どうしたの!?」
舎弟「自分でも解らないっス。4時ごろ郵便局行く途中で多分・・・後ろから頭殴られて、さっき気付いたら
  この様っスよ。あいたたたた・・・」
それを聞いた操は真っ青な顔で、
操 「・・・それじゃ、これは・・・?」
そう言いながら舎弟に久美子の携帯を見せる。
舎弟「これ・・・久美子のっスよね。」
メールの文面を見た舎弟の顔色が変わった。
舎弟「これ・・・自分からじゃないスか!ちょっと・・・携帯・・・無い!どこにも無いっス!」
操 「それって・・・」
舎弟は久美子の携帯を操に渡すと、茂みを飛び越え走り出した。
操 「何が起きてるの、一体・・・凄く嫌な予感がする・・・そうだ轟君!」
操は自分の携帯を取り出した。

舎弟は学校の駐輪場まで全速で走って来た。そしてスクーターに飛び乗ると無造作にメットを被りエンジンを掛け、
フロントを持ち上げながら急発進した。

一方、それから10数分後の総合病院前。辺りはもう夜の帳が下りていた。
久美子「何よ・・・舎弟なんか運び込まれてなかったじゃない。何たちの悪い悪戯してんのよあいつ!」
久美子は病院の受付で舎弟が運び込まれた事実は無いという事を知らされ、安堵すると同時に混乱していた。
久美子「もう・・・荷物学校に置きっ放しだし、このまま帰っちゃおうかな。」
久美子が独り言を言いながら病院前の公園―――以前チャッピーと操が待ち合わせたあの公園―――の前を通り
過ぎようとした時、
声 「お嬢さん。」
後ろから男の声が掛かった。久美子がその声に反応して振り向いたその刹那、彼女の鳩尾に声の主の拳がめり込んだ。
久美子「うっ・・・げほっげほっ!」
久美子はへたり込みながら相手の顔を見上げた。見覚えの無い男だった。その顔の左頬には割と大きな痣があった。
男 「ありゃ、ドラマみたいに一発で気絶、なんて上手くは行かないか。」
見知らぬ男はニヤニヤ笑いながら言った。
久美子は呼吸が出来ずにその場に倒れこむ。それを見た男は彼女を担ぎ上げ、人気の無い公園に入って行った。
男 「痛い目に遭いたくなかったら静かにしとけよ。」
男はドスの効いた声で恫喝するが、久美子は声を上げたくても出来ない状態だった。
公園前の通りは誰もいなかった。それを確認しての男の狼藉だろうが、しかし公園に入っていく所を、そのタイミングで
現れた少女が目撃していた。

舎弟は初めて法定速度超過で飛ばしていた。とは言っても原付のリミッターが作動する60km/h以上は出せないのだが。
そして彼が総合病院に着いたのは、久美子が公園に連れ込まれた直後だった。
舎弟はスタンドを立てるのももどかしげにスクーターを停めると、病院に駆け込・・・もうとした時、誰かにシャツを
引っ張られた。
舎弟「誰スか!」
舎弟が怒気をはらんだ声を上げ振り返ると・・・そこには誰もいなかった。正確には彼の目線の高さには誰もいなかった
だけで、視線を下ろすと自分のシャツを掴む、襟足を二つにまとめた少女が不安そうな表情で舎弟を見上げていた。
舎弟「君は・・・めぐみちゃん・・・だったスよね?」
めぐみ「・・・・・・・・」
舎弟「え?」
相変わらず蚊の鳴くような声で話すめぐみ。舎弟は近寄って聞く。
舎弟「それって・・・まずいじゃないスか!」
駆け出す舎弟。だが2・3歩走って立ち止まり、めぐみに振り返って言う。
舎弟「ありがとうっス!それと、悪いスけど出来たら誰か助け呼んで欲しいっス!」
舎弟はそれだけ言うと公園の中へ走っていった。

男 「いつかはえらい事やってくれたよなあ・・・ほら、この痣、まだ消えないんだぜ。」
男の話からして、これはどうやらいつかの自分を襲った男なのだと久美子は理解した。
今、公園のオブジェの物陰に二人はいた。久美子は男の前にへたり込んでいた。鳩尾を殴られた苦しさは
もう抜けていたが、彼女は恐怖で声を出せずにいた。男はその手に特殊警棒を持ってニヤニヤ笑っている。
男 「何するんだ、って目だな。まあそりゃそうだ。・・・ひとまずな、俺と同じ目に遭わせてやるよ!」
男は警棒を振りかぶり、久美子目指して振り下ろした。久美子は目を閉じ、本能的に腕で頭を庇った。
直後、久美子の体に衝撃が走る。とは言っても殴られた衝撃ではなく、突き飛ばされるような衝撃だった。
彼女が恐る恐る目を開けると、すぐ目の前に自分と男の間に割って入った坊主頭が見えた。
久美子「舎弟!」
男 「てめえ・・・また邪魔するのかよ・・・!」
舎弟「また?・・・そうか。これでみんな繋がったみたいスよ。久美子、大丈夫スか?」
久美子の方を振り向く舎弟。そのこめかみからは結構な出血をしていた。
久美子「いやあああああああああ!」
血を見た久美子はショックとそれまでの緊張から失神してしまった。
舎弟「ちょ、ちょっと久美子!?そんな、気絶したりしたら逃げられないじゃないスか!」
男 「ぶっ殺す!」
男は再び警棒を振り上げた。それを見た舎弟は久美子を腕の中に庇った。

轟 「うらあ!」

間一髪。男はいきなり現れた轟の拳で吹っ飛んだ。2・3メートルほど吹っ飛んだ男はそのまま大の字に伸びた。
轟 「二人とも、無事か?」
舎弟「ば、番長・・・」
現れたのは轟だけではなかった。後から操とサキもやって来ていた。
サキ「ちょっと・・・いいのかい?暴力はポリシーに反するんじゃないのかい?」
轟 「悪意から振るう力が暴力だ。誰かを守ろうとして振るう力は暴力じゃない。」
サキ「そっか・・・そうだね。」
サキは嬉しそうに返す。
舎弟「はああ、助かったっスよ・・・それにしてもよく公園にいるって判ったスね?」
轟 「ああ・・・おい。」
轟は後ろを見やって何かを促すような仕草を見せた。すると轟の陰からめぐみがもじもじしながら現れた。
舎弟「めぐみちゃん・・・が呼んでくれたっスか・・・本当に助かったっスよ。」
めぐみはぷるぷると首を振る。
舎弟「それにしても随分と早かったスね。自分、スクーターすっ飛ばして来たのに・・・」
そう、轟高校周辺からここまでは、徒歩で30分程度は掛かるはずなのだ。
マチコ「あら、もう片付いたのかしら?」
そこへマチコが現れて言った。
舎弟「マチコ先生・・・」
操 「そういう事。先生に送ってもらったのよ。」
ノリオ「なんだ、もう終わりかヒョ。久し振りに狂犬の通り名の真髄を見せられると思ったのにヒャ。」
チャッピー「ブジデナニヨリデース。」
更に遅れてノリオとチャッピーまでもが姿を現した。
舎弟「みんな・・・」
マチコ 「舎弟君、ちょっと傷見せてみなさい。」
舎弟「いや、自分より久美子を・・・」
サキ「ああっ!こいつ!」
伸びたままの男の様子を見に近寄ったサキが叫んだ。男は昨夏、サキを騙したあの眼鏡だった。
轟 「知ってるのか?」
サキ「知ってるも何もこの悪党・・・でもアタイにとっちゃある意味恩人だけどね。」
轟 「なんだそりゃ。」
サキ「めんどくさいから後。それよりどうする?こいつ。」
そこへ足音と共に、またも聞き覚えのある声が聞こえて来た。
瑠璃「お巡りさん!こっち!」
声の方を見ると、瑠璃が警官を連れてやって来た。その警官は、いつかの舎弟を交番まで連行し、
事故の時に現場に来た、あの警官だった。
警官「あれ・・・本当に君とは縁があるな。」
警官は苦笑しながらそう言った。
サキ「瑠璃、遅いよ!」
瑠璃「うるさいわね、いいじゃないの。」
舎弟「瑠璃さん、ひょっとして・・・」
瑠璃「そうよ、わざわざ選んで連れて来たのよ。こないだの刑事のせいで警察不信になったけど、この人なら
  信用できるから。」
久美子「う・・・ううん・・・」
その時、舎弟の腕の中で久美子が呻き声をあげた。
舎弟「久美子!?・・・久美子!」
久美子はゆっくりと目を開ける。そして舎弟の顔を確認すると涙をぶわっと溢れさせ、
久美子「やっぱり来てくれた!やっぱり守ってくれた!」
そう叫んで舎弟に抱きついた。
舎弟「久美子・・・もう大丈夫っスから。ほら、番長が助けてくれたんスよ。」
久美子「違う!助けてくれたのは舎弟だから!舎弟が助けてくれたんだから!」
久美子は泣きじゃくりながら声を上げる。
轟 「その通りだ。久美子を助けたのは舎弟、お前だ。胸を張っていい。」
久美子は舎弟の腕の中でしばらく泣き続けた。

そして眼鏡はパトカーで連行されていった。舎弟はすぐ前の総合病院で手当てを受けた。
出血は派手だったが傷はそう深くなく、簡単な手当てで済んだ。
舎弟は怪我もしている事もありひとまず現場で簡単に事情を聞かれ、詳しい事は後日と言う事で帰された。

そして集まった一同はひとまず解散。舎弟はやはり久美子を送り、スクーターを押していた。
さすがにあんな事があった後、二人は無言だった。そして、いつもの別れる所まで辿り着く。
久美子「それじゃ。本当に今日はありがとう。」
舎弟「いいスから。きょうはゆっくり寝るっス。」
久美子「うん・・・」
舎弟「それじゃっス。」
スクーターを反転させて歩き出す舎弟。久美子はその背中に思わず呼び掛ける。
久美子「お兄ちゃん・・・!」
舎弟「何スか?」
当たり前のように返事する舎弟。
久美子「やっぱり・・・気付いてたんだね・・・お兄ちゃんだったんだね・・・」

やっと本当の再会を果たした二人。久美子の目に再び涙が溢れる。舎弟は優しい目でそんな久美子を見ていた。

つづく