第七話 図星

瑠璃「あー、もう何あの刑事?むかつく!」
舎弟「いや、でも言ってる事は解らないでもなかったし・・・」

例の事故から数日。二人は事情を聞かれ、事件の可能性ありという事で現場検証に
立ち会った。今はその帰り道である。

瑠璃「だからって私の言う事片っ端から全否定するって何よ!?」
舎弟「とは言っても単なる事故ならその方がいいじゃないッスか。」
瑠璃「それはそうだけどさ・・・私はどうしても納得できないのよ・・・」

現場検証を担当した刑事の見解は次のような物だった。

舎弟を狙った犯行だとして、動機が解らない。被害者も身に覚えが無い。
その後現場で見つかった輪止めは小さい物で、自然に乗り越えてしまっても不思議は無い。

以上の情報から刑事が出した結論は、単なる事故。事件性は無し、だった。
とは言ってもそれは鑑識が出動することも無く、ほとんどはこの刑事の主観のみで出された結論であり、
それどころかこの刑事は大した事件ではないと踏んだのか、この件を単なる事故と言う事にして
片付けようとしている、そんな姿勢で対応しているのが見え見えだった。
そんな態度の刑事に納得がいかない瑠璃は、見解の矛盾点を指摘した。
盗難車を何故わざわざ坂の途中に停めたのか、という所である。

刑事の返答は、車が停まっていた位置は坂で最も暗くなる所。窃盗犯が盗難車を乗り捨てるなら
そこを選んでも特に不思議は無い、という物だった。

相手が子供だと思って適当なこじ付けをしている。瑠璃にも舎弟にもそれは見て取れた。
それじゃサイドブレーキを解除しておく事の説明が出来ないじゃないか、と瑠璃は思ったが、
もうこれ以上この男に何を言っても無駄だと思い、それ以上の指摘はしなかった。
その上その刑事はあろう事か瑠璃に疑いを向けるような事まで言い出す始末。
窃盗犯の共犯者じゃないのか、という事を言うのだ。ただ、瑠璃の抗議を受け、これはさすがに
失言だったと悟ったのかすぐに撤回したが。
とにかくこの刑事には真相などどうでもいいようだ。

そんなこんなで瑠璃はむかついていたのだ。
瑠璃「あー、ほんとにむかつく!事故の時に来たお巡りさんはいい人だったのに、同じ警察官で
   どうしてここまで違うのかしらね!」
舎弟「そうスね・・・」
瑠璃「だいたい、人がわざわざ学校早退してまで、この暑い中出てきてやったってのに、
   なによあの態度は!舎弟君は腹立たないの!?」
舎弟「まあまあ・・・それよりこの件スけど、誰かに狙われたかも知れないっていうのは
   内緒にしててくださいっスよ。」
瑠璃「え?なんで?まあ、迂闊な事は言えないから一応まだサキにも言ってないけど。」
舎弟「助かるっス。訳は・・・久美子に知られたくないんスよ。」
瑠璃「ほお。その心は?」
舎弟「あいつ、事故に対して責任感じてるんスよ。自分を送らせたからだ、って。その上
   誰かに狙われたかも知れないなんて知れたら・・・」
瑠璃「なるほどね。そういう事なら了解よ。でもね・・・ふふーん。」
舎弟「な、なんスか?」
悪戯っぽく笑う瑠璃に舎弟は戸惑った。
瑠璃「舎弟君って、久美子ちゃんの事好きなんでしょ?」
いきなりストレートパンチを見舞う瑠璃。
舎弟「そ・・・!そんなんじゃないっス!」
瑠璃「またまたぁ、正直になんなさいよ。」
舎弟「だからそんなんじゃ・・・ないんスよ・・・自分と久美子は。」
瑠璃は舎弟の態度に何か複雑な事情の存在を嗅ぎつけた。好奇心が入道雲のようにむくむくと
湧き上がる。
瑠璃「よし!その辺私に話してみなさい!力になるから!えーと、立ち話もなんだし・・・」
瑠璃はそう言うと何かを探すように辺りを見回した。
瑠璃「あ、丁度よさそうなお店があるじゃない。あそこで話聞かせて。」
瑠璃はそう言うと、有無を言わさず舎弟を引っ張って行く。
舎弟「ちょ、ちょっと瑠璃さんその店は・・・」
瑠璃が見つけたのはちょっとお洒落なカフェ。看板にはアクアマリンと書いてある。
この店は操、サキ、それにマチコが三人でよくお茶をする店、更に最近では仲間内での
溜まり場的な場所になっていた。そして瑠璃は舎弟を、半ば引きずるように店に入った。
瑠璃「へえ、結構お洒落な店じゃない。テラス席もあるし。」
瑠璃は店内を見渡して言った。一方舎弟は店内に見知った顔が無い事を確認すると
安堵のため息を漏らす。もう放課後になる時間だが、まだ時間は早いようだ。
舎弟「何ビクビクしてるスかね、自分は・・・」
舎弟は苦笑いと共に自分に突っ込みを入れた。

そして窓際の席に陣取った二人だが、その様子はまるで尋問をする刑事と容疑者のようだった。
瑠璃「だからね、あんな態度見せられてはいそうですか、って納得できる訳無いでしょ?」
舎弟「いやでも誰にだって秘密の一つや二つ・・・」
瑠璃「秘密ねえ・・・私にはむしろ聞いて欲しいって態度に見えたけどな。違う?」
舎弟はどきっとした。半分図星だったのだ。久美子との過去の関係を知っているのは自分だけ。
それはそれでいいのだが、久美子が気付いてくれないという事に多少のフラストレーションは
溜まる。誰かに聞いてもらってガス抜きがしたい。確かにそういう欲求もどこかにあるのだ。
舎弟「・・・降参っす。観念して話すっスよ。但し、絶対に他言無用で頼むっス。」
瑠璃が他校の生徒である事で、久美子やクラスメイトとはそう接触は無い、ならこの件を
話す相手としては最適だろう。そう判断した舎弟はゆっくりと話し始めた。

瑠璃「何それ?バカじゃないの?」
話を一通り聞いた瑠璃はばっさりと切り捨てた。
舎弟「バカは酷いっスよ・・・」
瑠璃「そうね、ごめんなさい。でも私には理解できないわよ。名乗ればいいじゃない。」
舎弟「いや、もう今更スよ。それに久美子が知ったらがっかりするんじゃ・・・」
そこまで言って舎弟は何かデジャブの様なものを感じた。
舎弟「あれ、これってどっかで・・・」
瑠璃「どうしたの?」
舎弟「いや、ちょっと待ってくれっス。」
記憶を辿る舎弟。初めて言ったはずの自分の言葉に聞き覚えがあったのだ。
舎弟「聞き覚えがあるって事は、他人が言った言葉・・・あ。」
思い当たった。サキだ。一目惚れの相手が自分だと知ったらきっとがっかりする。そんな台詞を
サキは言っていた。
舎弟「そうか・・・」
瑠璃「何よ、どうしたのよ?」
舎弟「瑠璃さんのお陰スね。自分を客観的に見れたっスよ。」
瑠璃「だからぁ!」
舎弟「説明すると長いスよ?」

そして舎弟は轟とサキの、初詣から付き合い始めるまでの事を説明し、それが丁度今の自分と
同じなのだと説明した。

瑠璃「ふーん・・・じゃあ、どうすればいいかは解ってるんじゃない。」
舎弟「それがちょっと違うッスね。」
瑠璃「何が?」
舎弟「正直なところ、自分は久美子の事が好きなのか解らんス。いや、クラスメイトとしてとか、
   幼馴染としては間違いなく好きスが・・・」
瑠璃「LoveじゃなくてLikeって事?」
舎弟「そんな所スかね・・・」
瑠璃「自分の事なのに自分が一番解らない・・・か。そういう事もあるんだね。」
舎弟「だから、今はこれでいいんスよ。サキさんに勇気を出せ、なんて言った男にしては
   ちと女々しいかも知れんスけどね。」
瑠璃「そう・・・じゃ、今はフリーって事よね。」
舎弟「は?」
瑠璃「なら私と付き合わない?」
舎弟「は?・・・・・えええええええええええ!?」
瑠璃のとんでもない発言に舎弟は素っ頓狂な声を上げた。
瑠璃「まあ、付き合うって言ってもお友達から始めましょうって感じ?まあ考えといてよ。」
瑠璃はそう言って伝票を取って立ち上がると、
瑠璃「ここは払っとくわ。じゃね。」
そう言いながらウインクをして立ち去った。
舎弟「解らない・・・解らない人っスよ瑠璃さん・・・」

一人取り残された舎弟は、またもしばらく呆けるのだった。

つづく