第四話 暴漢

六月某日。轟高校放課後。進路相談の順番が回って来た舎弟は薫の許を訪れた。
舎弟「失礼するッス。」
そう告げて部屋に入る舎弟。
薫 「よし、まあひとまず座れ。」
促され、椅子に掛ける舎弟。薫はと言うと、何か難しい顔をして書類を見下ろしている。
薫 「なあ、やっぱり進路だが、考え直す気は無いのか?」
舎弟「無いッス。」
薫の問いかけにきっぱりと答える舎弟。
薫 「そうか・・・でもカメラマンといっても食っていけるのは一握りの人間じゃないのか?」
そう、舎弟はカメラマンを志望していた。以前も進路相談でそう告げていたのだが、
薫は不安に思っていたのだ。
舎弟「そんな事は百も承知っスよ。ただ、自分はカメラマンのアシとして弟子入りするんじゃなくて
   スタジオに就職するつもりッス。れっきとした会社員になるんスから。」
薫 「うむ・・・それも調べてみたんだが、新卒なんか滅多に採らないらしいぞ。実績のある人間を
   中途採用するのが普通らしいじゃないか。」
舎弟「そのためのコンクールっス。」
薫 「お前が今撮っている写真を出品するっていうあれか。」
舎弟「そうッス。自分には何の実績もないスからね。なんとしてでもこのコンクールで成果上げるッス。」
薫 「・・・上げられなかった場合は?」
舎弟「そんときはそんとき。当たって砕けろで面接申し込んで、駄目なら写真の専門学校行くっス。」
薫 「親御さんは?」
舎弟「お前の好きにしろと。」
薫 「そうか・・・そこまで考えてるなら俺は何も言うまい。」
舎弟「ご理解感謝するっス。じゃ、これで失礼しても?」
薫 「ああ、お疲れさん。」
流石に生徒が目標をしっかり把握している面談、所要時間はほんの数分だった。

一方その頃、サキの女子高。その屋上にサキと瑠璃の姿があった。
瑠璃「ふー、そろそろ結構暑くなってきたわね。」
空を見上げて瑠璃が言う。
サキ「うん・・・あ、そう言えば、この前ライブに間に合わないって騒いでたのどうなったのよ?」
そう、先日瑠璃はとあるアーティストのライブに行くために急いでいたのだ。
瑠璃「ああ、あれ?お陰様で無事に間に合いました。舎弟君のお陰でね。」
サキ「舎弟君?って、轟の所の?」
サキは未だに轟の事を苗字で呼んでいた。
瑠璃「そう。街中で出くわしてね、スクーターに乗せてってもらったのよ。」
サキ「乗せてってもらったって・・・あれ原付じゃない。」
瑠璃「アンタまでカタイ事言わないの!」
サキ「まあいいけど・・・それにしても相変わらずマイペースって言うか、押しが強いって言うか・・・
   大して面識も無い男によくそんな事頼むわね・・・」
瑠璃「そう?一度でも会ってれば充分だと思うけどね。最初に会ったのはとんでもない所だったけど。」
とんでもない所とは、例のサキとのタイマンの事だ。それを聞いたサキも思わず苦笑した。
瑠璃「てか、アイツいい奴よね。ちょっと気に入っちゃった。」
サキ「うん・・・いい奴。アタイが轟と付き合うようになったのも半分は彼のお陰だしね。」
瑠璃「そうなの?それ初耳・・・で、なんかこう、まるっきりの善人ね。なんか可愛いし。」
サキ「可愛いって・・・一応彼、アタイらより1コ上だよ。ダブってるから。」
瑠璃「え?そうなの?へえ・・・」
サキ「それにね、気に入ったって言っても、舎弟君好きなコいるから。」
瑠璃「あ、そういうんじゃないから心配しないで。面白い奴だなって思っただけだから。」
サキ「そう?・・・それならいいけど。でさ、舎弟君とね・・・」
サキは舎弟と久美子の微妙な関係について説明した。
瑠璃「あらま。それはいかんねー。好き同士なら素直にならなきゃ。・・・よし。」
そう言う瑠璃の表情を見たサキは、何かいやな予感が・・・
瑠璃「この私が二人のキュ−ピッドになってあげようじゃない!」
するまでもなかった。
サキ「ちょ、ちょっと瑠璃?余計な事はしない方が・・・」
サキは去年のナンパ待ちの件を思い出した。いやな予感がしたのは、瑠璃の表情があのナンパ待ちを
持ちかけてきた時と同じだったからなのだとサキは気付いた。
轟の件でのタイマンといい、どうも瑠璃には人の色恋沙汰にちょっかいを出したがる悪い癖があるようだ。
瑠璃「いいから!この私に任せときなさい!」
サキ(舎弟君、ゴメン。一番言っちゃいけない相手に言っちゃったみたい・・・)
サキは心の中で舎弟に詫びた。
瑠璃「よーし、それじゃプランを練りますかね!」
瑠璃はそう言い残すとその場を後にした。その後姿を見送りながらサキは
サキ「面白い奴、か・・・アタイと轟もそれから始まったんだよ、瑠璃・・・」
一人そう呟いた。

再び舞台は轟高校。
久美子「こらあ!待ちなさいよ!」
舎弟「待たないっスよ!」
その廊下では久美子と舎弟がおっかけっこをしていた。
久美子「いいからフィルム寄越しなさい!この盗撮犯!」
舎弟「人聞きの悪い事言うんじゃ無いッスよ!寝顔撮っただけじゃないッスか!」
最近、久美子は例の肖像画のせいで睡眠時間が少なくなっていて、放課後の教室でついウトウトと
居眠りしていたのだが、そこに戻って来た舎弟がそれを撮影。シャッター音で気が付いた久美子は
事態を理解、舎弟を追いかけているのだ。
久美子「だから寝顔なんか人に見られたくないのよ!」
舎弟「人前で寝てる方が悪いんスよー!」
走り続けるうちに、体育館までやって来た舎弟と久美子。体育館では轟がノリオを相手に卓球をしていた。
最近ではこの番長勝負、喧嘩代わりと言うよりは、他校との交流のレクリエーション的な物にその
役割を変えている。それを目に止めた舎弟はいきなり立ち止まった。
久美子「ほら捕まえた!観念なさい!」
当然久美子には追いつかれ、その腕を捕まれたが、
舎弟「ちょっと待ったっス。」
舎弟はそう言うと、卓球をする二人に向けカメラを構えた。
舎弟「いい被写体を発見したっス。」
舎弟は何度もシャッターを切った。
久美子「へえ・・・写真撮ってる時の舎弟って初めて見るけど、こんな顔するんだ・・・」
それを見ていた久美子は呟いた。
そして舎弟は、納得がいったと言う風にカメラを下ろすと
舎弟「いい絵が撮れたっス。ただ・・・モデルが悪いっスね。高校生には見えんスから。」
そう言いながら、苦笑気味の、しかし満面の笑顔を久美子に向けた。
その笑顔を見た久美子はちょっとどきっとすると同時に頭に閃く物があった。
久美子「そうか・・・この顔か。」
舎弟「は?」
久美子「よし、このイメージが消えないうちに!」
久美子はそう言ったかと思うと、踵を返して走り出した。
舎弟「あのー、フィルムはいいんスかー?使っちゃうっスよー・・・」
舎弟はその背中に絶対に聞こえない程度の小声で呼びかけた。
轟「ぐああああああああああ!」
そこへ、背後から轟の悲鳴が聞こえて来た。

数時間後。美術室。
久美子「よし、出来た!なによ、イメージ掴んだらあっという間だったじゃない。」
例のコンテ画が完成したようだ。
久美子「これでなんとかなりそうね・・・っと、もうこんな時間か。帰らないと。」
外はもうとっぷり日が暮れていた。

そして帰り道を一人歩く久美子。
久美子「さて、これでやっと油絵に移れるわね。1ヶ月もあれば描きあがるかな。
    なによ、結構余裕じゃない。」
久美子は描き上げるまでに、なにか期限を設けているらしい。そしてそんな独り言を言いながら、
人気のない路地に差し掛かった時だった。一人の男が物陰から現れ、久美子の前に立ち塞がった。
久美子「な・・・」
あからさまに怪しいその行動に久美子が言葉を失っていると、その男はいきなり久美子に抱きついてきた。
久美子「いやあああああああああああああ!」
悲鳴を上げる久美子。その声を止めようと、男は右手で久美子の口を塞いだ。
しかし、体を戒める腕が1本になった事で拘束力は落ち、久美子はその腕から逃れた。そして
久美子「ばかああああああああああああああああ!」
そう叫びながら木製の絵の具箱を振り回す。絵の具箱は上手い具合に男の横っ面を捉えた。
男 「がっ・・・」
男はうめき声を上げてその場にしゃがみ込んだ。それを見た久美子は一目散に走って逃げた。
男 「いてえ・・・」
そう言いながらのろのろと立ち上がる男。と、その目が何かを見つけた。
赤っぽいカバーの手帳・・・久美子の生徒手帳だった。男はゆっくりとそれを拾い上げ、
にやり、と冷たい笑顔を浮かべた。

つづく