第三話 瑠璃

カシャッ
シャッターの音。反応した操はカメラに笑顔を向け、ピースサインを作る。
舎弟「あー!こっち向いちゃ駄目っス!ポーズ作っちゃ駄目っス!自然な絵にならないじゃないっスか!」
操 「んー、カメラ向けられるとどうも条件反射で・・・あは。」
ここは3-D教室。あれから舎弟は朝の徘徊をやめ、ロケ地を学校に移していた。
久美子「しかし、遅刻してまで何やってるのかと思えば写真とはね・・・」
舎弟「いいスか?自分は透明人間っス。いないもんだと思って普通にしてて下さいっスよ。」
その様子を見ていた轟が舎弟に話しかける。
轟 「しかし舎弟よ。テーマは朝じゃなかったのか?もう昼だぞ。」
そう、今は昼休みである。
舎弟「止めたっス。」
轟 「止めた?」
舎弟「そうッス。気取ってテーマは朝だなんて言って、撮りたい物を撮るという事を
   忘れてた事に気付いたっス。」
轟 「ほう。」
舎弟「朝、いろいろ撮ってみたっス。朝に仕事してる人を中心に、何百枚も。でもそれは
   ほとんどが自分とは関係ない世界の人ばっかりだったっス。」
久美子「それじゃ駄目な訳?」
舎弟「少なくとも自分には駄目スね。自分が理解出来ない世界の事を撮って、一体その写真で
   見る人に何を伝えられるスか、って事スよ。」
久美子「ふーん・・・結構考えて写真撮ってるんだ。」
舎弟「で、自分が撮りたいのは学校の仲間だって自覚したんスよ。」
操 「でもどうしたってカメラは意識しちゃうな・・・」
舎弟「撮るのはこのメンバーだけじゃないスから、自分を見ても自然体でお願いするっス。」
轟 「舎弟。」
舎弟「はい?」
轟 「がんばれよ。」
舎弟「自分はやるっスよ!」

舎弟は撮影のモチーフが決まり、やる気を出していた。
とは言うものの、すぐに納得のいく写真が撮れるという事ではなく、シャッターチャンスも
訪れると言う訳でもない。しかし、被写体が絞れていなかった時を考えれば精神的に全く違う。
いい写真の手応えが無いまま登校して、腐っていた舎弟は今はいない。

そして放課後。
スクーターを押しながら住宅街を歩く舎弟。この道は一方通行なのだが、逆行すると近道になるので
スクーターを降りて押しているのだ。ノーヘルは平気なくせに、何故かこういう所は律儀に法規を守る。
そして、早く帰って今日の成果を現像する事を楽しみに考えながら一方通行の出口に差し掛かった時だった。
女 「きゃっ!」
一方通行が行き当たる道路、その右方向から走ってきた人物と鉢合わせたが、すんでの所で
衝突は回避できた。
舎弟「あ・・・危ないっスね!」
女 「危ないのはどっちよ!いきなり出てきて・・・ってアンタ。」
舎弟「あ、アンタサキさんの所の。」
女 「轟の舎弟。」
人影は金髪をツインテールにした女子高生。サキのグループのNo.2、瑠璃だった。
二人が会うのはあのドッジボール勝負以来の事である。
瑠璃「まったくもう・・・文句の一つも言ってやりたい所だけど、今、急い、で、る・・・から・・・」
瑠璃はそう言いながら舎弟のスクーターに目を留める。
瑠璃「アンタいい物乗ってるじゃない。よし、このタイムロスの責任取って後ろに乗せてきなさい!」
舎弟「後ろって、2ケツっスか!?駄目っスよ!これ原付っス!違反スから!」
本当にノーヘル以外は律儀に法規を守る男なのだ。
瑠璃「カタイ事言わない!ほらほら、もっと前寄って!」
瑠璃は舎弟の拒否を無視してシートの後部に無理やり跨った。
舎弟「ちょちょ、ちょっと・・・」
更に舎弟が戸惑うのもお構い無しで舎弟の肩越しに右腕を伸ばし、勝手にセルスターターを回して
エンジンを掛けてしまった。
舎弟(せ、背中に胸が・・・)
瑠璃「ほらほら出発!とりあえずここ左ね!」
瑠璃の勢いの前に舎弟は仕方なくアクセルを開けた。

瑠璃「はいそこ右!・・・次は左ね!・・・ねえ、もっとスピード出しなさいよ!」
瑠璃は舎弟に話しかける時、舎弟の耳元に顔を近づけるのでその度に舎弟の背中にその胸が
押し付けられていた。舎弟は嬉しいと言うよりどちらかと言うと恥ずかしかった。
舎弟「原付の法定速度は30km/hスから!(ほんとに、恥ずかしくないんスかね、この人は・・・)」

そうこうしている内に、瑠璃の目的地に到着した。目的地は駅だった。
瑠璃「ふう、どうやら間に合いそうね。てか余裕出来ちゃったぐらいだわ・・・」
舎弟「・・・・・」
道中ほとんど瑠璃に密着されていた舎弟は顔を真っ赤にしていた。
瑠璃「サンキュ、助かったわ。えーと、ちょっと待ってて。」
瑠璃は小走りで駅の改札の方へ向かった。しばらくして戻ってきたその手には缶ジュースを二本持っていた。
そしてその内一本を舎弟に投げて渡す。舎弟はそれを片手でキャッチした。
瑠璃「ほんのお礼。マジで助かっちゃった。」
舎弟「そうスか・・・」
舎弟はそう言いながらプルタブを引く。が、引いた途端中身が噴出し、顔面に直撃した。炭酸飲料だった。
瑠璃「あ、バカ。何を投げて渡されたかぐらい把握しなさいよ。あははは。」
無邪気に笑う瑠璃。その顔を見た舎弟は思わず缶を口に咥え、両手の指でフレームを作り瑠璃を収める。
そして指フレームを解き、缶を持ち直してぽつりと言う。
舎弟「こういう絵が欲しいんスよね・・・自然な笑顔。」
瑠璃「え?何?」
瑠璃が聞き返す。
舎弟は答える代わりにシート下のトランクから例のバッグを取り出し、カメラを見せる。
瑠璃「写真?何?この私を撮りたいって事?」
舎弟「そういう訳じゃないスけど・・・さっきみたいな自然な笑顔っていうのは撮るのが難しいなって。」
瑠璃「ん?よく解らないけど・・・あ、やば。そろそろ行かなきゃ。じゃね、舎弟君。ほんとに助かったわ。」
舎弟「そうスか。どこ行くか知らないけど気を付けて行くっス。」
瑠璃「あはは、ありがとう。それじゃね。」
そう言って瑠璃は振り向き・・・また舎弟の方へ振り返り、ポーチから何かを取り出した。
名刺入れのようだ。瑠璃はその中から一枚取り出すと、
瑠璃「はい、これ。私のTEL番。」
そう言って舎弟に差し出した。舎弟は受け取って名刺を見る。それはかわいいフレームで彩られた
写真入の名刺だった。
舎弟「え?・・・これって・・・」
瑠璃「暇だったら掛けて来て。写真の話半端だし、ちょっと面白そうな気がするし。今度聞かせてよ。」
舎弟「まあ、いいスが・・・面白い話とは限らないっスよ?」
瑠璃「いいわよ別に。アンタ個人もちょっと気に入っちゃったし。」
舎弟「・・・・・・・はい?」
瑠璃「って、いつまでも喋ってられないのよね。それじゃまたね!」
思いもよらぬ言葉を聞き、呆気に取られる舎弟を尻目に瑠璃は駅の中へ消えていった。

カナカナカナカナ・・・・・遠くでヒグラシが鳴いている。
舎弟「・・・・・・・・・・・・またね?」
舎弟はしばらくその場で呆けていた。

つづく