第零話 ナンパとミニスカート

九月某日。サキがまだ轟と出会う前の事。
サキの女子高、放課後の教室。教室にはまだ生徒が残り、雑談に花を咲かせていた。夏休み明けから間もない時期と
いう事もあってか、未だに話題は夏休み中の、いわゆる体験談。彼氏が出来た、経験した、その方面が多数を占めていた。
その話の輪の中にはサキと、それに瑠璃の姿もあった。

生徒A「それでね、彼ったらね、」
話も佳境らしい。全員が固唾を呑んで彼女の話を聞いている。
生徒A「・・・して・・・・で・・・・たの。」
一同「うわー、露骨ー!」
これはエロ小説ではないので内容については割愛するが、要するに喪失の話である。会話が盛り上がる中、一人顔を赤くして俯き、
乗り切れない様子の生徒がいる。サキだ。
瑠璃「・・・全く、サキはこの手の話になるとからっきしなんだから。」
サキの様子を見た瑠璃が言う。
サキ「う、うるさいな。そういうのは自然に任せておけばそのうち・・・」
生徒B「あ、また始まった。運命の人とか王子様とか。幻想だから、そんなのは。」
そう、サキは意外と古風な恋愛観を持っていた。
サキ「王子様とは言わないけどさ、運命の人ってのはいるよ。きっと。」
瑠璃「そんな事言ってるからいつまで経っても処女なのよ、サキは。」
サキ「いいんだよ!無理して失くしたって意味無いでしょ。」
生徒A「でも出会おうとする努力ぐらいはしたっていいんじゃない?」
確かに女子高という環境もあり、サキには男性の知り合いが極端に少なかった。
瑠璃「その通り!実は運命の人は何度も目の前を通り過ぎてるかも知れないんだから。」
サキ「知らないよそんなの・・・」
瑠璃「よし!今度の日曜、私に付き合いなさい!」
サキ「え?」
瑠璃「街に行くのよ。出会いを求めてね。」
サキ「いいってば、そんな・・・」
瑠璃「だーめ。これはもう決定事項。日曜11時に駅前で待ち合わせね。」
サキ「ちょっとちょっと・・・」
瑠璃は躊躇うサキを無視して話をまとめてしまった。

そして日曜。駅前で待つ瑠璃の許に、律儀にもサキはやって来た。
しかしその姿を見て瑠璃は絶句した。サキはいつもの制服、つまりスケバンスタイルで来たのだ
瑠璃「ちょっとアンタ!何考えてるのよ!」
それなりのおしゃれをして来た瑠璃とはどう見ても連れには見えない。
サキ「何って・・・別に何も。」
瑠璃「何もって・・・そんなカッコじゃ誰も声掛けたりしない・・・」
そこまで言って瑠璃はピンと来た。
瑠璃(ははあ・・・さてはそれが狙いか。まるっきりやる気無しって訳ね。そうはいくか!)
瑠璃「サ・キ・ちゃん。」
笑顔で語りかける瑠璃.
サキ「な、なによ気持ち悪い。」
瑠璃「ちょっといらっしゃい!」
瑠璃はサキの手を引っ張って歩き出す。
サキ「ちょ、どこ行くのよ!」
行き先は、駅からそう遠くはない瑠璃の家だった。有無を言わさず部屋に連れ込まれるサキ。
サキ「なんなのよ・・・」
瑠璃「いいから、そこで待ってなさい!えーと、これとこれと・・・そうね、こんな感じでいいかしら。」
瑠璃はクローゼットから自分の服を何点か取り出し、床に座り込むサキの前に放り出した。
瑠璃「さ、貸してあげるからこれに着替えて。」
サキ「えー・・・」
瑠璃「文句言わずに着る!それからメイクも落としなよ。そのルージュとシャドウじゃきつすぎるから。」
サキ「もう・・・わかったよ・・・」
ブツブツ言いながら着替えるサキ。瑠璃によるコーディネートは、ピンクのタンクトップに
デニムのミニスカートだった。普通にカジュアルな格好の瑠璃に比べて明らかに露出度が高い。
男に対する撒き餌にしようという瑠璃の狙いだ。それはサキのやる気の無さに対する
ささやかな報復だった。
瑠璃「・・・って、アンタノーブラじゃない!さすがにそれはサービス良過ぎるわね・・・ほらこれ。」
瑠璃はそう言って、タンスから取り出したストラップレスのブラをサキに渡す。
瑠璃の勢いの前に抵抗を諦め、もうなすがままのサキ。
サキ「ねえ。」
ブラを着けながらサキが声を掛ける。
瑠璃「何よ。」
サキ「・・・きついんだけど、これ。」
瑠璃「・・・・・・・・・・・・・うるさいよ。」

そして二人は繁華街までやって来た。瑠璃の思惑通り、サキに釣られた男が次々と声を掛けてくる。
しかし、
瑠璃「パース。」
瑠璃「ハズレー。」
瑠璃「舐めるな。」
瑠璃「おとといおいで!」
釣れるのは外道ばかり。
サキ「ねえ、もういいよ。暑いしもう帰ろう?」
瑠璃「何言ってるのよ!ここまで来て手ぶらで帰れるもんですか!」
瑠璃は妙な使命感に燃えていた。するとそこへ大学生風の二人組みが声を掛けてきた。
男 「こんにちは。」
瑠璃(フィーッシュ!ようやくヒットよ!)
二人を見た瑠璃は心の中でガッツポーズを作った。男二人は結構なイケメン。
片方はインテリっぽい眼鏡、もう一方はちょっと遊んでそうな、ロンゲに日焼けだった。
瑠璃「なんでしょうか?」
眼鏡「あれ?どこかでお会いしませんでしたっけ?」
サキ「え?あんたなんか知らな・・・」
そう言い掛けたサキを瑠璃が肘で小突く。
瑠璃「(バカ!ナンパの常套手段じゃない!適当に合わせなさい!)
   えー、そうでしたっけ?よく覚えてないけどー。」
と、男達にとっては「ナンパされます」と言うのと同義の台詞を返す瑠璃。
ロンゲ「お、OK?よっしゃ!」
こっちの男は駆け引き無しのストレートなタイプだった。
眼鏡「たく・・・人の努力を一瞬で無にするような事を・・・まあいいか。で、お二人さん、暇だったら俺達に付き合いませんか?
   いや別に取って食おうって訳じゃないから。俺達も暇でね、一緒に遊んでくれる女の子捜してたんだ。」
瑠璃「そうなんですか?うーん、どうしようかなー。」
どうしようもこうしようもないのだが、一応勿体つけてみる瑠璃。
ロンゲ「ひとまず暑いしさ、どこか店入らない?そうだな、カラオケなんかどう?」
瑠璃「そうですね・・・付き合っちゃおうかな?」
眼鏡「よし、決まり!行こう行こう!」
サキは一人、蚊帳の外状態になっていた。

そしてとあるカラオケ屋。
4人は部屋に入ってから、ろくに歌うでもなくもっぱら会話ばかりしていた。もっとも喋っているのは男二人と瑠璃ばかりだったが。
瑠璃はロンゲと意気投合したのか、楽しそうに話している。置いてけぼり状態になっているサキ。そこへ眼鏡の方が話しかけてきた。
眼鏡「どうしたの?あまり話さないけど。」
サキ「あ・・・はい。」
一応猫を被るサキ。
眼鏡「実はこういうの苦手なんじゃない?」
鋭く言い当てられたサキはちょっと驚く。
サキ「え、わかりますか?」
眼鏡「わかるよー。構わないでオーラバリバリ出してるもん。」
サキ「そうですか・・・じゃ、ついでに聞いて下さい。」
サキは今回のいきさつ、こんな格好でナンパ待ちするに至った理由を話した。
眼鏡「・・・確かにナンパなんかにまともな出会いを求めるのはちょっと違うかもね。」
意外にまともな返答が返ってきた事に、サキはまた驚いた。
眼鏡「でもね、出合いの切っ掛けなんか後で考えたらどうでもいいって事もまたある訳で。」
サキ「・・・・・・・・」
何か含みのありそうな言葉に、サキは戸惑った。

そして、数時間を過ごした後、お開きという事になった。意外にも?本当に遊び相手を探していただけだったらしい
二人と別れて帰路に着くサキと瑠璃。
瑠璃「で、眼鏡君はどうだった?」
サキ「よく分からないけど、悪い人じゃなかったみたい。」
瑠璃「ふーん、何話したの?」
サキ「ナンパ待ちのいきさつとか・・・大した事は話してないけど。それからTEL番交換して・・・」
瑠璃「え?教えちゃったの!?」
サキ「うん。」
瑠璃「バカ!嘘番号でも言っとけば良かったのに・・・」
サキ「・・・アタイがそんなテク知ってるとでも思った?」
瑠璃「そらそうね・・・あのさ、手引きしておいてなんだけど、もし後で連絡があっても
   あの二人は止めといた方がいいよ。」
サキ「え?なんで?」
瑠璃「なんかね、女の勘。多分なんかヤバいから。ロンゲがね、自分のバックを自慢げに語るのよ。ああゆうのは間違いなく
   よからぬ事して生きてるわね。」
サキ「なにそれ・・・」
瑠璃「とにかく忠告はしたからね。私あとは知らなーいっと。」
サキ「ちょっと!無責任な事言わないでよ!」

しかしその後は連絡も無く、数ヶ月の時が流れた。
そしてサキがこの出来事をほとんど忘れかけた11月某日、彼女の携帯が鳴った。眼鏡からだった。
眼鏡「もしもし。お久し振り。」
サキ「え、ええ。お久し振りです。・・・どうしたんですか?」
眼鏡「いやね、ちょっと会えないかなと思って。」
サキ「え・・・なんで?」
眼鏡「会いたいから、ってのは理由にならないかな?」
ちょっとどきっとするサキ。
サキ「・・・まあ、いいですけど。」
瑠璃の忠告は覚えていたが、カラオケ屋では比較的好印象を受けた眼鏡からの誘いだったのでサキはなんとなくOKした。
眼鏡「それじゃ、今度の土曜にさ・・・」

待ち合わせた場所は、件のカラオケ屋だった。時刻は午後一時。
学校帰りのサキは、駅近くのデパートのトイレで私服に着替え、制服は駅のロッカ−に押し込んだ。
彼女は別におしゃれするつもりは無かったのだが、前回会った時のイメージを残しておいた方がいいかと思い、
メイクは落とし、服装は、彼女としては短めのスカートを選んだ。そしてサキは指定された部屋の前に到着した。

(でもね、出合いの切っ掛けなんか後で考えたらどうでもいいって事もまたある訳で。)

眼鏡の言葉をふと思い出す。
サキ(そうなのかな・・・それが運命の人になるって事もあるのかな・・・)
男に呼び出されるなどという経験のないサキは、嫌が応にも意識してしまう。そしてサキは軽くノックしてからドアを開けた。
正面に眼鏡が座っている。
眼鏡「・・・よく来てくれたね。」
サキ「まあ、約束ですから。」
眼鏡「・・・ごめんな。」
いきなり謝る眼鏡。サキが不審に思っていると、いきなり背後から何者かに羽交い絞めにされた。
サキ「な!何を!」
声 「ごめんねお譲ちゃん。こいつヤクザに借金があってね。こうやって引っ掛けた女、犯っちまっちゃそのヤクザに売って、
   返済に充ててるのよ。」
その特徴のある声には聞き覚えがあった。ロンゲだ。
サキ「てめえら・・・」
ロンゲ「でもそんなに心配しなくてもいいよ。売るっつっても裏ビデオに出てもらうだけだから。一応金も貰えるからさ。
    キモチイイ事してお金になるんだから、そんなに悪い話じゃないだろ?」
サキ「・・・一ついいかい?」
ロンゲ「ん?」
サキ「なんで今更呼んだ?何故前に会った時にこうしなかった?」
眼鏡「・・・ストックだよ。」
サキ「ストック?」
眼鏡「そう。ナンパした女は連絡先を聞いといてストックしとくんだ。必要になったら呼び出して売る。順番が来ただけさ。」
サキ「そうかい・・・アタイも舐められたもんだね。」
サキはそう言うと被りを振った・・・と思う間も無く頭を後ろへ振る。壁を背にしている
ロンゲは頭を後ろに逃がせず、サキの後頭部と壁に挟まれる形で後頭部による頭突きを鼻頭に受けた。
サキにぱき、という感触が伝わる。どうやら鼻が折れたようだ。
ロンゲ「いっ・・・・てええええええええええええ!」
ロンゲは鼻から血を流してへたり込む。
眼鏡「!」
眼鏡は立ち上がり、サキに掴みかかろうとする。サキはその直前で右足を蹴り上げた。・・・ミニスカートである事も忘れて。
だがそれは効果的だった。露になった下着に目を奪われ隙の出来た眼鏡。その脳天に踵を落とすのは容易い事だった。
一瞬で二人の男をKOしたサキは、携帯を取り出し、二人の醜態をカメラに収めた。
サキ「この情けない姿、公開されたくなかったら二度とこの疾風のサキに構うんじゃないよ!」
二人が息を呑む。疾風のサキの通り名は、そこそこ知られているのだ。
そしてサキは部屋を後にした。

デパートのトイレで再びいつもの制服に着替えたサキは、鏡の前に立ちルージュを引きシャドウを差す。
サキ「そう・・・これがアタイ。アタイはこれでいいんだ・・・ミニスカートなんか、もう穿かない!」

帰り道。特に実害は無かったものの、騙された事が腹立たしいサキはブツブツ独り言を言いながら早足で歩いていた。
サキ「まったく・・・ふざけるんじゃないわよ!もう、ちょっとでもあんな奴にときめいた自分がくやしいってば!
   やっぱりナンパするような奴にろくなのはいないって事よね!」
自分にまくし立てるように、結構なボリュームの独り言を言い続けるサキ。
サキ「もう男なんか当分いなくていいよ!運命の人なんて、そんな簡単に出会える訳ないんだから!」

怒りが収まらないサキのその行く手には、運命の男との邂逅が待つ曲がり角が、あと数メートルまで迫っていた。


第一話へつづく